大阪家庭裁判所 平成7年(家)3177号 審判 1996年2月09日
第3177号事件申立人、第3779号事件相手方 ポール・みずえ
第3177号事件相手方、第3779号事件申立人 ポール・クリストフ・レオン
第3177号・第3779号事件未成年者 ポール・マチルド
主文
1 第3177号事件につき
未成年者の親権者を第3177号事件申立人に指定する。
2 第3779号事件につき
本件申立を却下する。
理由
第1申立の趣旨
1 第3177号事件につき
第3177号事件申立人兼第3779号事件相手方(以下、単に「申立人」という)と第3177号事件相手方兼第3779号事件申立人(以下、単に「相手方」という)とは、内縁関係にあったが、平成4年5月8日婚姻届出し、同年7月8日第3177号・第3779号各事件未成年者(以下、単に「未成年者」という)をもうけた夫婦であったが、婚姻後程なく諍いが絶えず、相手方が暴力を振るうことから、申立人が未成年者を連れて家出し別居するに至った。
申立人と相手方とは、別居に先立ち、離婚届書に署名したが、未成年者の親権者については協議をせず、従って同届書の親権の欄を空欄としたままであったにもかかわらず、相手方はほしいままに未成年者の親権者を相手方として届け出てしまった。
以上の経過から、戸籍上相手方が未成年者の親権者として記載されているが、同親権者の指定は無効である。
申立人は、自ら未成年者を養育してきたものであり、今後も十分養育をなし得るものであるのに対し、未成年者の年齢を考慮すれば、相手方に幼い未成年者を養育し得る条件がないことからして、申立人を未成年者の親権者に指定するのが相当である。
よって、申立人は未成年者の親権者を申立人と指定することを求める。
2 第3779号事件につき
申立人と相手方とは平成6年10月13日未成年者の親権者を相手方と定めて協議離婚した。
申立人は、相手方が未成年者となることに同意したにもかかわらず、未成年者を連れて行方不明となったが、申立人には両親や親戚がおらず、未成年者を養育していく十分な資格がなく、未成年者を連れ出す前7ヶ月間未成年者と共に生活しておらず、またアルコール中毒であり、ヘビースモーカーであり、睡眠薬を常用している者であって、未成年者を虐待することもあるところから、未成年者の安否が気遺われるところである。
相手方は、親権者であり、未成年者を養育していくのに十分な資格があり、未成年者の祖母に当たる相手方の母と共に未成年者を養育していく計画を立てているものである。
よって、相手方は申立人に対し未成年者の引渡を求める。
第2当裁判所の判断
1 後記認定のとおり、申立人と未成年者とはいずれもわが国の国籍を有する者であり、また相手方はフランス共和国の国籍を有する者であるが、申立人・未成年者・相手方共にわが国内に住所が存在するものであるから、本件各事件についてはわが国の裁判所に裁判管轄権があるものと解するのが相当である。また、本件各事件は、未成年者の住所地を管轄する裁判所である当家庭裁判所に管轄権のあることが明らかである(第3177号事件については家事審判法8条、家事審判規則70条、60条、また第3779号事件については同法8条、同規則52条1項、各参照)。
2 本件一件記録(本件各事件、及び平成6年(家イ)第1××号、同第4××号各夫婦関係調整申立事件、同第5××号協議離婚無効確認調停申立事件、当庁平成7年(家イ)第2××号子の監護に関する処分(面接交渉)申立事件の各記録)によれば、
申立人はわが国の国籍を有する者であり、未成年者は後記出生の当時その母である申立人がわが国の国籍を有する者であることから、わが国の国籍を有する者であり(国籍法2条1号参照)、また相手方はフランス共和国の国籍を有する者であること、
申立人と相手方とは、平成3年9月頃知り合って親密な関係となり、平成4年1月頃から相手方が賃借していたいわゆるマンションにて同居するに至ったこと、
申立人は、相手方と同居するようになったために相手方(同居し始めた当時、カリビアン・アートの販売業を営むと称して、相手方の郷里であるマルティニーク島から多数の絵画を購入してきたが、その販売収益がどの程度のものであるのかについては不明である)から生活費を貰えるものと期待していたことや、同居以前の平成3年12月頃に既に気付いていた懐妊が体形上でも目立ち始めたことから、その当時まで勤務して40万円程の月収を得ていたいわゆるクラブのホステスとしての稼働を止めたが、期待に反して相手方に収入がなく、生活費を貰えず、相手方に金銭を要求すると口論となり、相手方から足蹴にされたり、椅子を投げ付けられるなどの暴行を受けるようになっていたことから、平成4年3月頃から同年5月頃まで友人の経営するスナックで、日中手伝うようになって月収12~3万円程度を得ていたこと、
申立人と相手方とは同年5月8日婚姻届出したこと、
申立人は、同年7月8日、未成年者を出産したが、出産に関して要した費用一切を申立人の貯金で賄い、また未成年者の名として申立人が選んだ「マチルド」について相手方の承諾を得て、出生届出したこと、
申立人は、同年8月死亡した申立人父の遺産として金150万円を相続により取得したことから、これを相手方や未成年者との生活費に充て、暫くの間稼働せずに済ませたこと、
申立人と相手方とはいずれも未成年者を可愛がっていたこと、
申立人は平成5年1月頃から、再びクラブやラウンジのホステスとして稼働し始め月収30万円程度を得るようになったが、相手方は申立人が出勤して不在の間には未成年者の面倒をみていたこと、
申立人は、客を送るなどして稼働先からの帰宅時刻が遅れると、相手方から夜遅くまて遊び回っている等と言われて暴行を受けるようになっていたので、同年10月頃、相手方が自己の傍らから未成年者を離そうとしなかったので、やむなく未成年者を残したまま約1ヶ月間友人宅で過ごしたうえ、未成年者の監護状況が心配となって相手方の許に戻ったこと、
申立人は、相手方が平成5年11月頃マルティニーク島に帰国した際に、旅費があるのなら生活費を呉れるように求めたところ、相手方から「お前とは家庭を築こうとは思わない」旨言われたことから、相手方が離婚を望んでいるものと考え、平成6年1月20日相手方との離婚を求めて当庁に対し夫婦関係調整の調停(当庁平成6年(家イ)第1××号事件)を申し立てたが、同調停外で相手方が申立人に詫びを入れ、円満な家庭を築くべく努力することになったことから、同年3月3日同調停を取り下げるに至ったこと、
申立人と相手方とは、未成年者を伴って、平成6年9月16日頃大阪府柏原市○○所在の賃貸マンション(以下、単に「○○のマンション」という)にて居住するようになったが、その後も相手方が生活費を呉れなかったことから、申立人は、同月30日未成年者を連れて殆ど何も持ち出さないまま家出し、友人宅に逗留し始め、同年10月3日当庁に対し相手方との離婚を求めて夫婦関係調整調停(当庁平成6年(家イ)第4××号事件)を申し立てたこと、
申立人は、同年10月10日頃、「申立人との離婚に応ずる、一度未成年者に会いたい」旨の相手方の申し出を受け、未成年者を連れ、大阪市内のいわゆる南の繁華街の喫茶店にて相手方と会ったうえ、相手方と共に大阪市○○区役所に赴き、同区役所から離婚届用紙の交付を受け、同日午後7時頃相手方の居住する○○のマンションに赴き、同所において離婚届を作成し始め、申立人において同用紙の「氏名生年月日」「住所」「父母の氏名 父母との続き柄」の各欄の内の妻側の欄の事項を記載し、「届出人署名押印」欄の「妻」の欄に署名押印したが、申立人・相手方のいずれを未成年者の親権者にするかについて協議が調わないうちに、相手方の態度が暴力的となり、相手方から同居を強要され友人宅に戻れそうにもない状況となったことから、危険を感じ、「同居する金を姉から借りてくる」旨言って、申立人が記載した部分以外の部分が記載されていない未完成の離婚届用紙を相手方が手中にしていたことから、同用紙を相手方の手元に置いたまま、未成年者を連れて相手方の許から去り、申立人の友人宅に戻り、そのまま相手方が居住する○○のマンションには戻らなかったこと、
その後暫くして、申立人は、○○区役所に問い合わせたところ、未成年者の親権者を相手方と定めた離婚届が提出されている旨の回答を得たことから、同月19日当庁に対し協議離婚無効確認を求めて調停を申し立て(当庁平成6年(家イ)第5××号事件)、同月27日前記平成6年(家イ)第4××号事件を取り下げたこと、
相手方は、平成7年1月25日、未成年者との面接を求めて、申立人を相手にして、当庁に対し子の監護に関する処分(面接交渉)の調停を申し立て(当庁平成7年(家イ)第2××号事件)、更に同年4月24日子の監護に関する処分(子の引渡)の調停を申し立てた(当庁平成7年(家イ)第3××号事件)が、同年6月28日上記第2××号事件を取り下げたこと、
なお、同日上記第3××号事件は不成立となって審判に移行し、本件第3779号事件となり、また上記第5××号事件も不成立となって終了したが、それ以前の同月2日、申立人は、本件親権者指定の審判を申し立てた(本件第3177号事件)こと、
未成年者は、平成4年7月8日生(当3歳7月)の女児であり、平成6年9月末日頃から、相手方とは、上記のとおり同年10月10日頃に申立人に連れられて○○のマンションに赴いた際に会ったことがありはしたが、別居状態のまま、母である申立人の膝下で監護養育され、特段の支障もないまま健康に成長し、日本語によって日常の会話をしているものであること、
相手方は、申立人がアルコールや睡眠薬に依存する傾向にあり、情緒不安定で未成年者を虐待することがあり、家出に際して健康保険証や母子手帳を放置したままであるので、未成年者に予防接種や定期健康診断を受けさせることが出来ない筈であるのに平気でいるなど、保護者として適切ではなく、また混血児である未成年者が日本の社会内で養育されるより、父である相手方の民族文化の中で養育された方が未成年者にとって幸せである旨考え、相手方が未成年者を引き取った場合には、相手方の将来の伴侶に未成年者の養育を任せる意向を有していること、
申立人は、平成6年10月13日相手が大阪市○○区長宛届け出、受理された離婚は、申立人の承諾を得ない無効のものではあるが、離婚自体については追認するので異論がないが、親権者の指定については協議が全くなされておらず無効のものであり、これを追認する意向を有しないものであるとしていること、
なお、申立人は、ホステスとして稼働して生計上一応安定し、アルコールや睡眠薬に依存する傾向も、虐待したことも無く、未成年者を可愛がり、相手方宅に置いたままになっている健康保険証や母子手帳の再発行を受けて未成年者に予防接種や定期健康診断を受けさせるなど健康状態にも留意しており、更に未成年者が日本語しか話せないことから、本年4月以降日本人の幼児が多い普通の幼稚園に入園させる計画を立てるなどして、上記のとおり、申立人の膝下で未成年者を大切に監護養育しているものであるところ、相手方については、未成年者を可愛がってはいたが、申立人の婚姻中には、絵画の路上販売によって僅かな収入を得ていただけであったことからしても、安定した保護環境で未成年者を養育し得るものとは到底思えないと考えていること、
以上の事実が認められる。
3 (1) 未成年者は、上記認定のとおり、出生の当時その母である申立人がわが国の国籍を有する者であることから、わが国の国籍を有する者であり(国籍法2条1号参照)、また相手方はフランス共和国の国籍を有するものであるところ、親権者指定申立事件(第3177号事件)、子の監護に関する処分(子の引渡)申立事件(第3779号事件)、のいずれについても、未成年者の本国法であるわが国の民法に準拠するものと解するのが相当である(法例21条参照)。
(2) ところで、上記2に認定の事実によれば、平成6年10月13日大阪市○○区長当て届け出られた申立人と相手方との協議離婚自体については双方の離婚意思及び届出意思があったものといい得、従って同離婚が有効に成立したものと解せられるところである(なお、仮に同離婚が申立人の届出意思を欠くものであったとしても、その後申立人において同離婚を追認しているので、遅くも追認の時から申立人と相手方との離婚は有効に成立したものというべきである)が、未成年者の親権者を父である相手方と定めたことについては、相手方が、同親権者の定めについて申立人と相手方との協議未了のまま申立人に無断で、同離婚届用紙の該当欄に相手方を親権者として定めた旨を記載して届け出たに過ぎないものであるから、無効のものというべきである。
そうすると、未成年者の親権者を母である申立人か、もしくは父である相手方か、のいずれかに指定すべきものであるが、同指定について申立人と相手方との間に協議が調わないので、同指定について判断すべきものである。
相手方は、申立人がアルコールや睡眠薬に依存する傾向にあり、情緒不安定で未成年者を虐待することがあり、家出に際して健康保険証や母子手帳を放置したままであるので、未成年者に予防接種や定期健康診断を受けさせることが出来ない筈であるのに平気でいるなど、保護者として適切ではなく、また混血児である未成年者が日本の社会内で養育されるより、父である相手方の民族文化の中で養育された方が未成年者にとって幸せである旨考え、また相手方が未成年者を引き取った場合には、相手方の母親(未成年者の父方祖母)や将来の伴侶に未成年者の養育を任せる意向を有している旨述べて、未成年者の親権者を相手方に指定するのが相当である旨述べるが、申立人には相手方が述べるような未成年者の保護者として不適切な点があるものとは認め難く、また未成年者が日本社会内で養育されるより、相手方の民族文化の中で養育される方が未成年者にとって幸せであるものとは即断し難く、更に相手方が未成年者を引き取った場合の、相手方の母親による養育援助、もしくは相手方の将来の伴侶による未成年の養育、のいずれについても具体性がないこと(なお、相手方はその将来の伴侶については明らかにしようとしない)、等が窺えるのに対し、上記2に認定のとおり、申立人には未成年者の監護養育について特に支障となる点が見当たらず、また未成年者は、平成4年7月8日生(当3歳7月)の女児であり、平成6年9月末日頃から、母である申立人の膝下で監護養育され、適当な健康管理を受けながら、特段の支障もないまま健康に成長し、日本語によって日常の会話をしているものであること、その他本件に表れた諸般の事情を考慮すると、本件親権者指定申立事件(第3177号事件)については、未成年者の親権者を母である申立人と定めるのが相当である。
(3) また、相手方は、相手方に無断で未成年者を支配下に置いている申立人に対し、未成年者の親権者として、未成年者の引渡を求めるものであるところ、上記2に認定のとおり、相手方と申立人との離婚届に際して届けられた、未成年者の親権者として父である相手方が定められたとする部分は、母である申立人に無断でなされた無効のものであるから、申立人との離婚に際して相手方が未成年者の親権者と定められたことを未成年者の引き渡しの原因となしえず、本件子の監護に関する処分(子の引渡)申立事件(第3779号事件)については、理由がないものというべきである。
(4) よって、本件親権者指定申立事件(第3177号事件)については、未成年者の親権者を母である申立人と定めることとし、また本件子の監護に関する処分(子の引渡)申立事件(第3779号事件)については、相手方の申立を却下することとして、主文のとおり審判する。
(家事審判官 齋藤光世)